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託された記憶
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託された記憶 

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Written  By  New-Can   [ 2006年10月31日 23:06 ]     

Category  05-A. 自作小説/エッセイ系      BBS


僕は中学生の頃まで、日曜日は教会へ通っていた。教会に併設されていた幼稚園の出身であったため、自然な流れとも言えたが、これは両親の意向に沿ったものでもあった。

教会では、賛美歌を唄い、新約聖書を読みながら、大切そうな聖句を心に刻んだ。そして、イエスさまに対して、『アーメン』と祈りを捧げることで、自分自身に対して素直になる術を覚えた。当時の僕にとって、一週間を省みるには最適の場所であったと思う。

しかし、僕が通い続けた理由は、これだけではなかった。牧師さんとは違う形で、『先生』の役割を果たしてくれた人たちのことがとにかく好きだった。

その中でも、僕は佐藤先生のことが好きだった。父よりも年上だった先生が毎週来るようになったのは、僕が小学校の上級生ぐらいのときだったと思う。大学時代に相撲で鍛えた身体は誰よりも大きく、小柄な子供であれば、三人は軽く持ち上げることができた。

そんな佐藤先生は、礼拝が終わってからもいつも元気イッパイだった。晴れた日は砂場で僕らと相撲を何番もとり、雨の日は教会で手料理を振る舞ってくれた。僕らの笑顔が好きだったのか、先生は何でもしてくれた。

真夏を迎えたある日、先生は自らが所有している別荘をベースとした宿泊のイベントを『僕の別荘は、海も山も近いんだ。教会とは違って、外でもっと楽しく遊べるぞ!』という感じで、企画してくれた。僕を含め、教会に毎週のように集うメンバーは、当たり前のように、それに参加した。

先生の別荘は話に聞いていた通りだった。『一度は住んでみたい!』と誰もが思えるような所にあった。天気にも終始恵まれたこともあり、僕らは海でも山でも、思う存分、先生に遊んでもらうことができた。

しかし、今になってみると、僕がハッキリと思い出せる記憶といえば、先生が一度だけ行った礼拝中の話だけだ。

それは別荘ではなく、海が見渡せる断崖の先まで先生が僕らを連れ立つ形で行われた。そして、先生だけが断崖の先に立ち、

「今日は戦争の話をしようか。八月だし、みんなには平和への意識を誰よりも強く持って欲しいしなあ」

と話を切り出す形で始まった。すると、先生はすぐに海の方へ顔を向けた。

「今はこんなに身体が大きいから分からないだろうけど、二十歳の頃の僕は、飛行機を操縦する訓練を受けていたんだよ。みんなも知ってるだろう?特攻隊の一員としてなんだ。出撃命令が出たら、僕はこの日本を守るために、命と引き換えに相手の艦艇へと体当たりしなければならなかったんだよ」

「先生、それ本当?」

「本当だよ。もし、太平洋戦争があと一週間長引いていたら、僕は君たちとこうして会うことができなかったんだ」

呆然とする僕らの気持ちを察したかのように、断崖の下では波飛沫の音が轟いていた。

「でもね、あのときの僕は処刑される前のイエスさまと一緒で、死ぬことは不思議と怖くなかったんだ。今、君たちを守るために、僕がこの断崖から飛び込まなければならないのなら、迷うことなく飛び込めるよ」

「先生、どうして?」

僕は聞かずにいられなかった。すると、先生はようやくこちらを振り向いてくれた。目許のあたりは少し赤らんでいた。

「僕と同じ任務に就いていた多くの仲間たちが、この海で何人も散って行ったからなんだよ。彼らのもとへ、同じような気持ちで駆け付けることができると思うと、救われた気分になるんだ。そう思うのはね、終戦した後、僕は大切な仲間を裏切ってしまったという罪に苛まれたんだ。日本が負けたことや最後まで自分に対して出撃命令が下されなかった現実……これがね、未だに悔しくて悔しくて堪らないんだよ」

この話を聞いて、先生が今まで隠していた過去が、なんとなく僕らの肩へと圧し掛かった気がした。

「だから、僕は何度も死にたいと思った。でも、そう思うたびに、この海で命を落とした彼らが『俺らの分まで生きてくれよ』と耳元で囁いて来たんだ。僕がこうして君たちと巡り会うことができたのは、彼らとイエスさまのおかげなんだよ」

先生の印象的な話を聞いてから、今年で数十年の時が流れた。この夏、久し振りに、思い出に彩られた地を偶然にも1人で立ち寄る機会があった。

時を経て、僕と先生との距離は果てしないものへと変わってしまった。しかし、思い出の地は何も変わることなく、こんな僕のことをあの日と同じように優しく迎えてくれた。

先生に託された記憶を僕が一度たりとも忘れなかったからかもしれない。戦争の話、特に特攻隊の話を聞くと、僕は先生のことを必ず思い出す。どんな理由であれ、『戦争は起こしてはならない』と僕が心の底からそう思えるのは、あのとき、先生の記憶を共有することができたからだと思っている。

しかし、歳を重ねて来たせいだろうか。先生の若かりし頃のような心境に未だに辿り付けていないことに対して、もどかしさも感じるようになってきている。

きっと、今の僕には、たとえ先生がいたとしても「戻ることができない世界に行く」という不安の方が大きいのかもしれない。そして、「自分の分まで生きて欲しい」と託せるような存在に、まだ巡り会うことができていないからなのかもしれない。

<Postscript>

久々に、作品を公表してみました。
ちなみに、今回のテーマは『戦争』。『何を書こうか…?』とかなり迷ったのですが、意外と思い浮かばないんだよね…この類のって。カタメに行くと…『歴史小説じゃないんだから!!』となるし、言葉遣いも当時のモノに合わせたくなります。


色々とアイディアを練った結果…
自分が教会に通ってた頃の話がベースとなりました。
三浦綾子の作品の様に、『イエスさま』が何度か出て来るのは…そんな理由です。


ちなみに…
佐藤先生は作品通りの本当に印象的な先生で、『こんな先生がいれば良いな』といつも思ったものです。しかし、自分の中では…結局、佐藤先生を上回る学校の先生は…『数人いたかなぁ?』という哀しい現実が待ってましたね。ハイ。


最後になりましたが、コレはノンフィクションの様でありますが…
実は自分の想像で書いた部分も多いです。


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