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スーパーカートリオの時代が懐かしい…
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スーパーカートリオの時代が懐かしい… 

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Written  By  New-Can   [ 2008年1月21日 23:00 ]     

Category  02-A. 野球関連@横浜ベイスターズ      BBS


訃報関連は書きたくないのですが、コレは驚きました。
今日のお昼、フジTV系列の“すぽると!”などでもお馴染みの…
プロ野球解説者で元大洋の加藤博一氏が亡くなられたそうです(享年56)。ご冥福をお祈り致します。2年前から闘病生活だったことは全く知りませんでした。。。


っていうか、プロ野球ファンでなければ…
たぶん氏のことは全く知らないでしょうね。氏はコツコツ当てて出塁という2番打者。典型的な短距離打者でしたし、「大洋の生え抜き選手でもなかったのに、記録よりもキャラクターで記憶に残った選手」でしたからね。移籍を繰り返す外様選手よりも生え抜き選手がファンに愛されるのがスポーツ界の常ですが、それを見事に覆したのが氏でした。自分の小学校時代、氏の大洋時代の応援歌であった「蒲田行進曲」に関しては、自チームの攻撃のとき、必ず誰かが唄ってました。蒲田行進曲のメロディを聴くと、今でもあの頃の日々が懐かしく思い出されます。


ところで、氏が大洋に移籍する前…
阪神に在籍していたときの氏のプレー振りに関しては、残念ながら自分が小学校に入る前の時代であるため…全く記憶にありません。ただ、自分は大洋ホエールズ時代からの横浜ベイスターズファン。他の方と同様、ひょうきんなキャラクターが大好き(※佐伯貴弘のひょうきんさともチョット違う)で、個人的には愛すべき選手の1人でした。現役時代の晩年(1988年~1990年)は代打の切り札的な存在でした(※しかも、代打成績も悪くなかった)が、代打で出て来たときなんかは途中経過がどうであれ、大興奮したものです。


ちなみに、氏が1番輝いたシーズンといえば…
今は亡き近藤貞雄監督が1985年に構成した、【高木豊→加藤博一→屋鋪要】と続く“スーパーカートリオ”の時代でしょう。個人的には、「上位打線の3人で148盗塁を記録したスーパーカートリオは永遠に不滅」ですね。どこかのチームがリーグ優勝を果たすと、「クリーンナップ3人で~本塁打」という記録がクローズアップされることはありますが、盗塁がクローズアップされるのは…今にも先にも、きっとこの年だけでしょうね。驚異的な記録でした。


余談を話すと、スーパーカートリオが一定の成功を収めた大洋は…
1985年のオフに当時の主砲であるレオンを自由契約にしてまで、ポンセローマンという両外国人を獲得するという手に出ます。彼らに関しては、「走力がある」という触れ込みで来日したのですが、蓋を開けてみると…本当に走力がありました。そのため、前述した3人に加えて、1番打者~5番打者迄が盗塁可能という…まるで漫画のような世界に突き進もうと画策した(※両外国人は、チームの主軸として打撃でも頑張ってくれました)のですが、驚異的な機動力の発揮という意味では失敗に終わりました。結局、マークが厳しくなり、スーパーカートリオ3人合わせて100盗塁できず…機動力が思惑通りにフルに稼働できたのは1985年の1年だけでした。さらに、3番に据えていた屋鋪は1985年に本塁打を2桁も放ってしまったせいか、翌年以降…打撃の調子を崩してしまうなど、今となれば、『豊氏と屋敷氏の打順を逆にしていれば…』と思ったりもします。まるで、歌手の一発屋みたいな歴史ですね。


あの頃、スーパーカートリオは…
優勝を度外視したような戦術とよく言われたモノですが、今になって振り返ってみると…
スモールベースボールの究極型こそがスーパーカートリオだった』とも言えると思います。監督も含め、時代を先取りし過ぎておりましたねぇ…(;^^)


だから…という訳ではないのですが、、、
自分の中では、マシンガン打線時代よりもスーパーカートリオの時代の方が…と思うこともあります。今でも記憶の中に強く残っているのは、1985年の野球が…純粋に面白かったからだろうなという気がしてならないのです。遅過ぎるけど、博一さん…楽しいプレー&解説、ホントどうもありがとうございました。


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