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春の東北周遊 其の弐:水沢&平泉編
Written By New-Can [ 2008年5月11日 01:09 ]
Category 01-C. 店探索系日記 * 03-B. 国内旅行記@東北
<其の壱からの続き>
北上で桜の観賞をした後、3駅南の水沢へ列車で向かいました。
習い事を通じて、お世話になっている山岡 淳一郎先生から、『君は度々あちこち行ってるんだから、1度行ってみると良い』と言われていた後藤新平の記念館へ立ち寄るためでありました(※山岡先生の後藤新平に関する作品はこちら)。

後藤新平の記念館は、駅の北西にあります。徒歩で、10~15分ほどでしょうか。
ちなみに、彼のことをご存知ない方はいらっしゃるかもしれませんが…とにかく色々なことに携わった方です。ある意味で、“なんでも屋さん”というのが正しいのかもしれませんが…分かりやすい所で申し上げますと、拓殖大学の学長であり、台湾でアヘンの吸引を根絶させた方であり、関東大震災後の東京を復興させた方であります。この記念館には、その東京の復興計画図なども展示されております。
| 彼に対する評価は色々あるかと思いますが… |
尚、後藤新平の旧宅ですが…記念館から徒歩5分ほどの所にあります。。。

その後、後藤新平に続いて、、、
第30代内閣総理大臣・齋藤實&蘭学者・高野長英の記念館へも立ち寄ってきました。
今回初めて知りましたが、水沢って偉人を多く輩出している街なんですね。現在は奥州市ですが、旧水沢市では彼らのことを“三偉人”として称していたようですね。
ちなみに、個人的な感想を述べさせて頂くと…
齋藤實の記念館は、『軍人出身者らしからぬ、国際感覚にも優れた氏のことをもう少し多角的に掘り下げられるのでは?』という気がしました(※二・二六事件で暗殺されるような方です。国会図書館に資料を分散保存した影響も確実にあるでしょう)。一方、高野長英の記念館はとても良く纏まっており、非常に分かり易かったです。『開国に至る歴史の流れにおいて、彼のことは日本史の授業でもっと触れるべきだ』と思いました。兄貴肌でバイタリティに溢れる生き方に共感せずにはいられませんでした。シーボルトに重用された理由もよく分かりました。
| コレだけ巡っても、まだ時間に余裕があったので… |


今回は、中尊寺と毛越寺のどちらかしか立ち寄る時間はなさそうだったので…
自らの記憶から大分薄れていた中尊寺の方へ行ってみることにしてみました。この数年、弁慶に所縁がある土地へも何箇所か訪れてましたし、このことは少なからず頭の中にありました(※右上の画像は弁慶の墓と伝えられている場所です)。
| 坂道を暫く歩いて行くと… |
余談ですが、中尊寺は大火に何度か見舞われているため…
実は、この金色堂は往時の面影を伝える数少ない建造物でもあります。。。

中尊寺を巡った後、7~8分歩いて高館・義経堂へ向かいました。
藤原泰衡に襲撃された源義経は、最期をココで迎えたと伝えられております。あまりにも美化され過ぎている義経の生涯に関しては、正直な話…辟易とするときもあるのですが、ココに来ると色々な思いが心の中を駆け巡りました。1人、芭蕉の句を噛み締めながら、ソッと祈りを捧げて来ました。
| そして、最後に無量光院跡(※左記画像)へも立ち寄ってきました。今でこそ、土塁や池跡などが残存するのみとなっておりますが、藤原秀衡が京都・宇治の平等院を模して建立した寺院と言われている場所です。独特の雰囲気がなんとなく残っていますね。今後、この地をどうするのか分かりませんが、個人的にはいつまでも想像力をかき立てる…そんな場所であって欲しいなと思いました。 |
〆
◆追記◆
| 帰りは、一ノ関から新幹線に乗車し、帰京しました。 |
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