瀬戸内海周遊の旅 其の弐:呉~三原編

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Written  By  New-Can  [ 2008年10月19日 01:22 ]    票 0 票
Category  03-G. 国内旅行記@その他
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<其の壱からの続き>

広島市民球場で最初で最後の野球観戦をした後…
広島駅から呉線で移動し、その日は呉で宿泊することにしました。

実は、宇品で花火大会が開催されていた影響だと思うのですが、広島市内近郊では宿を確保することができなかったのです…(;^^)

そのとき、ふと思い付いたのが呉でした。帝国海軍の拠点であった第二次世界大戦の頃は、全国10大都市に数えられるほどの街でしたからね。1967年までは市電も存在していたそうです。なんとなく興味がありました。

そんな訳で、翌日…呉市内を観光してみることにしました。

こちらは呉の中央桟橋ターミナルです。ここ何年かで瀬戸内海の航路はかなり見直されたようで、以前と比べると航路は寂しくなったなという印象を受けました。

中央桟橋の周辺には、海軍の町として栄えてきた呉の街とは切り離せない施設があります。

こちらは海上自衛隊呉史料館(※愛称:てつのくじら館)です。画像の通り、目玉は国内では初めてとなる実物の潜水艦の屋外展示でしょうか。「とにかく大きい」のヒトコトで終わるかもしれませんが…(;^^)

あと、ココでは一般人には馴染みがないであろう潜水艦の内部を覗くことができます。乗組員の方は、かなり暗い中で食事をとっていたり、高身長(180cm弱以上)の方は特殊ベッドになるとか…初めて知りました。

「自分は身長で失格」ですが、過酷な生活となることが容易に想像付く世界でありました。。。
この世界で生きていける方、尊敬します…m(__)m

続きましては、海事歴史科学館(愛称:大和ミュージアム)です。実物の1/10のサイズの戦艦大和の模型も展示されております。

ちなみに、この戦艦大和に関する資料は、施設の愛称の通り、非常に詳しいもので…
とにかく読み応えがありました。建造された場所であるためでしょうか。当時の日本の技術の高さがよく分かりますし、戦後、急速な勢いで復興した理由は、「日本だからこそ、可能だったのだろう…」とそう思いました。

また、こちらには第二次世界大戦時に呉や広で発生した空襲の資料も展示されておりました。
広島県内の場合、どうしても原爆の惨劇へ目が行きがちですが、この呉周辺でも無視できないことが起こっているのです。例えば、終戦を迎える1945年…呉軍港へは3月19日の空襲を皮切りに3度、市内も7月1日に大空襲に見舞われ、結果として壊滅的な被害を受けてしまいました。当時の面影が殆ど消え、街の規模としても縮小してしまった現在からでは、当時の状況を想像することは難しいとは思いますが、歴史を鑑みると、「広島に限らず、呉も含めて平和学習の場とするのが正しいのでは?」とそう思わずにはいられませんでした。


献上銘菓「椿まんじゅう」を購入した後、呉駅から呉線を利用し…
途中の広駅で乗り換えたりしながら、この日は、東へ向かうことにしました。ちなみに、どうでも良い話ですが、呉線には漢字1文字の駅が3駅もあります(※他は坂駅)。もしかしたら、これは珍しいことかもしれませんね。

  

こちらは、呉線の車両と広から先の区間の車窓です。
上記画像の通り、呉線には瀬戸内海やその島々などがよく見渡せる区間が何箇所かあり…
晴れた日は、素敵な車窓を臨むことができます。開放感があって、個人的には好きですね。ただ、戦前~戦中にかけては話は別だったようで…沿線には軍事施設が数多く存在したため、軍艦などを隠す必要があり、海側を木の板で覆っていた写真を呉で見ました。そんな写真を見た後に利用したせいか、「今の時代を生きることができて、幸せだなぁ…」と思わずにはいられませんでしたね…(;^^)

  

呉線で途中下車した駅は、呉から60Km離れた忠海駅です。広からの所要時間は1時間ほど。
上記画像の通り、ここには港があるので、小さな船に乗り換え、大久野島へ向かうことにしました(※余談ですが、忠海から大三島へ行くこともできます)。

  

大久野島は、忠海の沖合い3kmほどのところに浮かぶ…
船で10分少々で行くことができる周囲4Kmほどの島です(※自動車は乗入禁止です!)。そんな小島で、戦前~戦中にかけて、日本軍は化学兵器の製造を行っていたため、「地図上からかき消されていた歴史を持つ島(※毒ガス島)」としても知られております。ちなみに、この影響はあまりに大きく、現在でも一部地域の土壌は芳しくなく(※進入禁止区域があります)、宿泊施設として「休暇村大久野島」があるだけで、人家は全くありません。

  

ただ、人間は住まなくなっても、島を愛し続ける住民?はいます。

ご覧の通り、ウサギです。戦時中は毒ガスの検知のために使われたこともあったのですが、その後…1971年に8匹放ったところ、天敵がいないこともあってか、繁殖したのです。現在では、彼らの天敵である犬を島内へ連れ込むことが禁止されており、「兎島」とも呼ばれるようになってます。確かに、ウサギたちにしてみれば、この島は「楽園」ですからね♪(※その様子はこちらで)

こちらは、島の過去を伝える…
大久野島毒ガス資料館です。この島の毒ガス製造工場で従事していた人たちには、「何を製造しているのか?」ということは知らされていなかったようです。軍は情報が漏洩した際の影響度の大きさを鑑みたのでしょうが…隠蔽された結果、戦中戦後において、製造/処理作業の過程での被毒が原因で亡くなったり、後遺症に悩まされる方が増えてしまう結果となってしまったことを決して忘れてはいけません。

毒ガスで犠牲になった方の慰霊碑と建物の壁面にツタが這い、廃墟と化してしまった発電場跡(※内部は立入禁止)です。

発電場跡は、港の近くにあるトンネルを潜った先で静かに時の流れを刻んでいるのですが…
戦後、この発電場はアメリカ軍の弾薬庫としても利用されていたようで、1956年まで返還されなかったとのことです。このような廃墟は、発電所に限らず、この島には幾つか残存しております。

  

島内の海水浴場をはじめとする風景です。
ご覧の通り、水はとても綺麗で、夏休みということもあってか、親子連れを中心に賑わっておりました。海水浴場のすぐ近くを船舶が通過するノドカな光景などを目にしていると、前述したような哀しい歴史を忘れてしまいそうで、少し複雑な思いも自分は感じましたけど…(;^^)

対極の雰囲気が妙なバランスで残る大久野島ですが…
お時間がありましたら、皆さんも是非立ち寄ってみて下さい。広島県は広いですけど…m(__)m


大久野島から忠海駅へ戻った後、再び呉線に乗車しました。

  

  

忠海駅を出ると、次の安芸幸崎駅までの区間は車道を離れ、海際をユックリと走ります。
車道から離れているため、JR西日本名物の?保守コスト削減の意味合いもあるようですが、車窓が抜群に良い区間の低速運転は自分のような旅行客にはありがたいサービスですね。

この辺りは、船舶の往来も当たり前のようにありますし、「旅しているという実感」も自然と湧いてきますからね。ちなみに、この呉線では海側の眺望も考慮された観光列車「快速・瀬戸内マリンビュー」も走ってます。広~三原間は列車の本数が多いとは言えない区間ですから、車窓を中心に楽しみたい場合は、通常の車両ではなく、こちらを記念に利用する方が良いと思います。


<其の参へつづく(※画像数などの関係にて分割)>

〆

<Postscript>

帰りは、のぞみに乗り換えるために下車した福山駅から福山城を見て、車内では三原駅の「元祖珍辨たこめし」を食べながら帰りました。

ちなみに、其の参以降ですが…
これを書いていたら、「かなり前に瀬戸内海周辺を旅したときのこと」も書きたくなってきましてね。なんとなく、予めその予告をしたくなってしまいました…(;^^)


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