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京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の四(多賀大社~彦根~竹生島編)
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京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の四(多賀大社~彦根~竹生島編) 

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Written  By  New-Can   [ 2009年3月22日 10:39 ]     

Category  03-G. 国内旅行記@関西      BBS


<其の参からの続き>

今回の其の四に関しては…
「もし、尼子駅に到着したときに彦根・米原方面の近江鉄道の列車がやって来た場合は…」みたいな感じで書いてみたいと思います。ちなみに、これ…2005年の11月にリビアへ行く直前に立ち寄ったときの話です。ずっと取り上げずにいたので、ようやく日の目をみます(※逆ルートで記載します)。


さて、尼子駅の隣には高宮という駅があります。
近江鉄道は、この高宮から多賀線という2.5Kmの盲腸線が分岐しています。

多賀大社前駅 多賀線車両

終着駅の多賀大社前です。
ご覧の通り、多賀線は単行の列車です。ちなみに、自分が訪れた際は途中駅がなかったのですが、その後スクリーンという駅が増えたようです。

多賀大社01 多賀大社02 糸切餅

駅前にある大鳥居を潜り、10分ほど歩くと…
駅名にもなっている多賀大社があります。ここは、「古事記」や「日本書紀」でも取り上げられるなど、「寿命長久」や「縁むすび」の御霊徳は高く、古くから“お多賀さん”と呼び親しまれてきた近江一の大社です。かの豊臣秀吉も母の延命を祈願し、それが成就したときには社殿改修も行ったとか(※しかし、後年焼失し、現在の社殿は昭和7年(1932年)に再建されたものです)。

境内には、ウチの先祖・奥好義(※何故か教科書も含め、歴史は間違ってますけど)が作曲した…
国歌・君が代の歌詞にも登場する「さざれ石」があるなど、どことなく包み込むような雰囲気に少し圧倒されましたが、自分の件もそろそろ成就して欲しいものですw

ちなみに、さざれ石の隣の…画像の綺麗な和菓子に関してですが、、、
参道で売られている糸切餅です。こしあんに巻かれた白いお餅に赤と青の三本線が印象的ですが、これにも“意外な話がある”のです。その昔、蒙古軍の2度にわたる襲来を台風によって日本は上陸を免れましたが、それによって、平和が蘇ったことを祝うべく、お団子に蒙古軍の旗印である赤と青の3筋の線を書き、弓のつるで切って(※悪霊を断ち切るという意味があるらしい)お供えしたのが始まり…なのだとか。日本らしい平和を祝った和菓子はとても美味しく…オススメですよ!


ところで、朝から永源寺と湖東三山を巡った場合…
おそらく、多賀大社巡り終えた頃には日が沈み始めていると思います。以下は、翌日の旅の一案という感じになりますが…ひこにゃんのおかげでさらに有名になった?彦根竹生島に関しても取り上げておこうと思います。。。

  

彦根駅から途中、滋賀縣護國神社や…
第13代彦根藩主・井伊直弼が不遇の時代を過ごした場所と言われる埋木舎などへ立ち寄った後…

  

ご覧の通り、彦根城へ行きました。
明治初期の廃城令に伴う破却を免れたこの城は、姫路城などと共に国宝の現存天守の1つに数えられております。ちなみに、行く迄知らなかったのですが…この城の興味深い所は、リサイクル城(※周辺の大津城佐和山城小谷城観音寺城長浜城などの移築/伝承)であることと、意外にも山の上にあり、琵琶湖も堀の一部に見立てていることですかね。他にも注目点はあるとは思いますけど…。

  

続きましては、彦根城の近くにある玄宮園です。
1677年に4代藩主・井伊直興により造営された大池泉回遊式日本庭園で、彦根城を借景としているスケールの大きさは“大名庭園”と評価されているようです。当時、こんなことをやってしまう井伊氏が地元にとって良かったのか分かりませんが、栄華は偲ばれますね。庭園などの木々が紅葉しているときに来たかったなと思いました。。。


ちなみに、このときは彦根というか、滋賀県自体が初めての来訪であったこともあり…
彦根城と共に県のシンボルである琵琶湖だけは観光しておきたい!」と思い、竹生島へ向かってみることにしました…(;^^)

オーミマリン 彦根港~竹生島間 竹生島

ちなみに、彦根駅から行く場合…
バスで10分ほどの所にある港を発着する船・オーミマリンを利用して、行くことになります(※船の移動は40分ほどです)が、この島…画像の通り、中央の船着き場を除くと殆どが急な断崖…という感じの“無人島”です。

宝厳寺01 宝厳寺02 宝厳寺03

しかし、こんな条件であるが故に、竹生島には古くから社寺が設けられており…
「信仰の島」としても有名でした。上記は、日本三大弁才天の1つで、西国三十三箇所の第30番札所である宝厳寺です。奈良時代に聖武天皇の命により、行基が開創したとされた場所ですが…桃山期になると、豊臣秀吉との関係も強くなったことで、多くの書状と宝物が寄贈されてます。秀吉が長浜城主であった影響ですかね。上記画像中央の唐門は豊国廟からの移築、同右の渡廊は秀吉の御座船の用材を用いて建てた…と言われております。

都久夫須麻神社01 都久夫須麻神社02

こちらは、都久夫須麻神社です。
場所も場所であるため、江戸時代迄は神仏習合で隣接する宝厳寺と一体化していたそうです。

ちなみに、上記画像の通り…琵琶湖に面する場所にあります。
「かわらを竜神拝所から海に投げると願いが竜神により成就される」と言われている「かわらけ投げ」という風習が残っていたので、京都の神護寺でやったように、ここでも自分は投げてみることにしました。結果としては、「琵琶湖は遠かった…」という感じでしたけどね。あははは…(;^^)


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