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2010年4月 記事タイトル一覧
- [ 2010年4月21日 22:57 ] 自分ならパクらないし、キチント作曲するのになぁ…
- [ 2010年4月18日 09:54 ] 房総半島を横断しながら菜の花を楽しむ旅
- [ 2010年4月14日 01:28 ] 「カティンの森」のおはなし
- [ 2010年4月11日 14:10 ] 年度が変わり自分も変わる…
自分ならパクらないし、キチント作曲するのになぁ…
言う迄もなく、「上海万博PRソング」の件ですね。
YouTubeを通じて、動画の方はチェックさせてもらいましたけど、笑うしかありませんね。とりあえず、メロディに関しては、「作曲ではなく、完全にパクリ。音符の長さやKeyを微調整しただけ…と言う方が適当だ!(※参考)」という感じですね…(;^^)
知っている人は知っているかと思いますが…
自分は、大学時代の後半から数年間…ですかね。自らのオリジナル曲のデモテープを幾つも作り、それらをあちこちに?送りつけたことをキッカケに、ソングライターとしてメジャーデビュー間近のところ迄は辿り着きました(※発売が見送られたのは大人の事情…ですが)。そのため、ただの素人ではなく…作曲や編曲のプロセスに関して、最低限のこと?は一通り熟知しております。そんな人間だからこそ、言いたいことも色々とあるのですが…とりあえず、普通の神経を持っている人間ならば、「9割以上の旋律が一緒の曲を“作曲しました!”と言うことは無理」です。
…なんたって、伴奏の元となるコード進行自体がどこかしらの曲で使われているのが常。
不適切な発言であることは承知の上で書きますが、ある意味で…「歌モノのメロディは使い回しの世界」なのです。そんな世界であるにも関わらず、コード進行が既にリスナーの記憶に対して、実はそれなりのインパクトが残っていたりするという条件下、主旋律となるメロディも酷似しているとなると、自分以外の他人…つまり、リスナー全員が自らが仕掛けた罠のようなものにハマる確率も、当然著しく減少してしまいます。そんな訳で、主旋律のほぼ完全なパクリを行った今回の繆森という作曲家に関して、「実は、今迄発表した作品に純粋なオリジナル曲は1つもなかったのではないか?」という穿った見方を自分はしていたりします。
しかし、自国の文化をアピールする折角の機会だったのに…
他国の楽曲を使うなんて…ね。恥ずかしいこと、この上ないですよねw
大体、「岡本真夜は“TOMORROW”さえ外しておけば問題ないと思っていたとするならば、その考え自体も非常に浅はかだ」と思いますよ。今回、問題となった…「そのままの君でいて(※歌詞)」が収録されている「Smile」というアルバムはミリオンセラーとなった作品ですけど…個人的には、岡本真夜らしさが1番ハッキリと出ていると思う作品でしたし、聴いていてホッとする作品なんですよね。今でもたまに聴きますしね。ちなみに、この作品には、「Alone(※歌詞)」と「ANNIVERSARY(※歌詞)」という対照的なバラードが2曲収録されておりますが、両作品は詞も含めて、自分は特に好きです。そんなこともあり、「自分たちの世代の場合、実は“Smile”を知らない人の方が少ないくらいではないか?」とさえ思います。。。
…まだまだ言いたいことは色々ありありますけど、、、
とりあえず、今回は反響が大きくて良かったですよ。こういうことはあってはならないことですから。
「ざまぁみろ、イイキミ!」というのが本音でしたけど、これからも同じようなことがあったら、強い態度で臨んで欲しいですね。このレベルの創作アイディアしか出ないならば、ブッチャケ自分の方がマシな作品を作曲することができると思うし…なにより、パクリは不愉快なものでしかないから…(;^^)
ところで、このパクリ騒動をキッカケに岡本真夜の曲は再評価されるのでしょうか?
個人的には、そんなことがあっても良いと思いますけど…岡本サイド、実は得しましたよね!?
あと、最後に少しだけ。
実は昨年、中国出張の際に、「来年は仕事ではなく、万博を観に上海へも寄ってみて下さいよ!」と実は言われていたのですが…この万博、「北朝鮮館」がありますよね。出展内容、どんなものなのでしょうか。これがあるだけで、なんとなく気味が悪いと思ってしまうのは、果たして自分だけなのでしょうか。
〆
<Postscript>
「そのままの君でいて」の最初のサビに関して…
「も~っと~自由に~」という歌詞で始まりますが、「実は、日本語詞をキチント理解していて、中国共産党に対して回りくどくモノ申すために利用したのではないか?」と書いていた方がおりましたが、これには思わず笑ってしまいました。さすがに深読みし過ぎではないかと…(;^^)
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房総半島を横断しながら菜の花を楽しむ旅
3月末の話ですが、1人で房総へ行ってきました。
自分の場合、身体が花粉症の反応を少しでも示してしまうと、都内にいるだけで体調が悪くなってしまうので、その逃避がしたくて…。あとは、「菜の花が咲き乱れる時期の房総の写真を1度は撮ってみたかったのが正直な気持ち」であったこともありまして。
本音を申しますと、実はまだ行ったことがない…
「房総半島の先端である野島崎くらい迄、思い切って行ってみたかった」ところなのですが、さすがに朝早く出ないと日帰りは厳しいので、今回は自分の中では比較的定番といえる…いすみ鉄道&小湊鐵道をセットで利用することができる“片道房総横断乗車券ルートの旅”です。列車の本数の関係で、往復するのは困難であるが故、片道となっているユニークな乗車券?なんですけどね…(;^^)
さて、今回は先にいすみ鉄道を利用するため…
東京駅から特急・わかしおを利用し、外房の大原から内房の五井へ向かうことにしました。
小湊鐵道の起点である… |
…そもそも、この大原の場所が微妙なんですよね。。。
総武快速+各停というアプローチですと、途中駅で特急に抜かれてしまうから時間が勿体ないですし…さらに、「行くのは良いとしても、小湊鐵道の養老渓谷~上総中野間の僅か1駅の区間は1日3~4往復しかないし…」と記憶しておりましたが…が、久し振りに調べてみたところ、土休日&祝日の同区間は6往復あったんですね。「この恩恵?は活かすしかない!」と思い、初めて外房側からアプローチを試みた…という訳です。
いすみ鉄道は、国鉄木原線を引き継いだ第3セクターの路線で…
外房線の大原と小湊鐵道の終着駅でもある上総中野間(26.8Km)を結んでおります。元々は、久留里線を介して、大原と木更津の間を結ぶ予定の路線だったのですが、小湊鐵道を介しての「房総横断」という目的が達成できたからでしょうか。上総中野から先の区間の建設は見送られております。
…それもそのはず、「いすみ鉄道の沿線住民は多いとは言えないから…」です。。。
現在も国鉄時代と同じように、存続が危ぶまれております。昨年6月には、前社長が千葉県知事選挙戦に出馬した関係で、公募で募集した…元・外資系航空会社旅客運航部長の社長に代わるなど、社内の動きも慌ただしいです。ただ、そんな状況下で就任した社長のブログを読む限り、「鉄道を廃止するということは、地図から自分たちの町が消えること」と書いているくらい、鉄道のことが好きな熱い社長ですので、個人的には応援してます…(;^^)。特に、今年の…「訓練費700万円を採用時に自己負担することを条件に列車運転免許を取得できる運転士養成プラン」に関しては、話題性も含め、非常に面白かったと思います。
結局、いすみ鉄道が廃線となってしまうと…
小湊鐵道も養老渓谷~上総中野間…いや、上総牛久~上総中野間もセットで廃線となる可能性が高くなりますしね(※そうなったときには、養老渓谷周辺の観光地も廃れてしまいますからね)。個人的には頑張って欲しいのです。
しかし、いざ大原へ行ってみると… |
上記画像は、上総東駅前後&国吉駅前後など…です。
ご覧の通り、菜の花は見頃を迎えている場所が幾つかありました。そのため、画像では、豆粒のような大きさかもしれませんが、沿線はカメラマンで結構賑わっておりました。
上段に関しては… 尚、下段に関しては… |
東総元駅の次の駅である久我原駅です。 |
ところで、何故こんな店を見つけたかと言いますと…
実は、写真を撮るために久我原から東総元へ1駅戻ろうとしたのです。こんな細かな予定は、駅間距離と時刻表を見たりしながら、無駄な時間を1分でも減らすためにやっていることでもあるのですが、今回は地図をチェックしなかったこともあり、予想外の遠回りとなってしまいました。数ある失敗の中でも、記憶に残る失敗の1つかも…orz
…折角なので、途中区間で列車を2枚撮ってみました。 |
余談ですが、残りの1枚は終着駅である上総中野の手前ですね。
確か、駅からは少し距離がある場所と記憶しておりますが、こちらの菜の花も見頃でした!
以上の通り、いすみ鉄道沿線で撮影を楽しんだ後… |
そうそう、上総中野駅で数え切れないほどの乗客がいたシーンを自分は初めて見ました。
予想通り、多くの乗客は乗ってきた列車でそのままUターンでしたね。
いすみ鉄道の接続駅である上総中野から先、五井との間(39.1Km)を結んでいる…
小湊鐵道は社名の通り、元々は内房から外房の小湊迄を目指した路線でしたが、いすみ鉄道の前身である木原線同様、こちらも志半ばという状態で今に至っております。
個人的には、首都圏から近い距離にありながら…
「駅も車両も近代化とは一切無縁の独自路線を歩んでいる」こともあり、「時間がないときに、軽く旅を楽しむにはお手頃な路線の1つ」であったりします。。。
左記画像の通り… |
さて、小湊鉄道の方ですが、こちらの本数は多くないので…
「途中下車可能な駅は1駅」と踏んでいたのですが、対向列車がやってくる時間などを鑑みると、迷ってしまいました。「月崎駅や飯給駅かなぁ…」と思っていたのですが…結局、見送り。。。
そんなこんなで、里見駅迄来てしまったのですが… |
余談ですが、里見駅近くでは…
未だに薪割りをやっているお爺さんがいます。「元気だなぁ…」と思いながら見てましたけど、駅や車両だけでなく、この沿線はライフスタイルという意味でも昔と変わっていないようですね。だから、「房総横断は面白い!」といいますか、また訪れたくなるんですよね…(;^^)
〆
<Postscript>
帰りは五井駅から横浜駅東口迄、バスを利用しました。
ベイブリッジを渡るし、なんとなくお得な気分になれる路線バスですよね…(;^^)
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「カティンの森」のおはなし
日本では、あまり話題になっていないような印象を受けますが…
ポーランドのレフ・カチンスキ大統領と同行していた妻のマリヤ夫人、さらに多数の有力政府高官などを乗せた大統領特別輸送機(Tu-154M 101号機)が10日、ロシア連邦西方のスモレンスク北飛行場への着陸進入中に墜落し、乗客乗員96名全員が死亡する…という非常に痛ましい事故がありました。
このようなケースの場合、、、
「ご冥福をお祈り申し上げます…」というお決まりの一言で片付けられてしまうのが常ですが、ポーランド人の方の心情を斟酌すると、そんな定型的な対応は非常識と言わざるを得ないような気がします。なぜならば、この飛行機はポーランド主催の…カティンの森事件70周年の追悼式典に出席するポーランド共和国政府訪問団を乗せた、特別なものであったからです。。。
「カティンの森」 アンジェイ・ワイダ監督 [公式サイト]
評価:「★★★★★」
前述したニュースも大きなキッカケとなりましたが…
日曜日に、近所の下高井戸シネマで、「カティンの森」を1人で鑑賞してきました。映画の内容云々よりも、まずはこの事件が起きた時代背景などを触れる必要があります。
時は、第二次世界大戦時の1939年9月。
ポーランドの西側からはナチス・ドイツが、東側からはソ連が其々侵攻してきました(※ソ連は宣戦布告なし)。独ソ不可侵条約の影響もあり、両挟みとなってしまったポーランドは敗北を喫し、国家は分断され、東部はソ連の占領下に置かれることになりました。そして、武装解除されたポーランド軍人や民間人はソ連軍の捕虜となり、強制収容所へ入れられてしまいました。
その後、1941年6月。独ソ不可侵条約は破棄され…
独ソ戦が勃発することになるのですが、同年8月、ナチス・ドイツ軍はソ連のスモレンスクの街を占領することに成功します。そして、ドイツ軍は、「スモレンスク西方20kmに位置するグニェズドヴォ村へ1万人以上のポーランド人捕虜が列車で運ばれ、銃殺された」という噂を耳にします。
そして、1943年2月27日…
ドイツ軍はカティニの森において、ポーランド人将校の遺体が埋められた場所を発見します。さらに、再度調査を行った3月27日には、ポーランド人将校たちの遺体が7つの穴に幾層にも渡って埋められていたことも確認します。報告を受けた中央軍集団参謀のルドルフ=クリストフ・フォン・ゲルスドルフは、「世界的な大事件になる」ことを確信し、国際的に通用しやすい「カティン」の名を取って、“カティン虐殺事件”という報告書を作成します。そして、中央軍集団から国民啓蒙・宣伝省に送られると、宣伝相のヨーゼフ・ゲッベルスは対ソ宣伝に利用すべく、事件の大々的な調査を指示します。
この調査により、遺体は死後約3年は経過し…
コルジェスク収容所に収容されていた捕虜であること。あと、遺体は何れも冬用の軍服を装着し、後頭部から額にかけて弾痕が残り、後ろ手に縛られた結び目が「ロシア結び」であったことなどが…「ソ連軍によるもの」という大きな手掛かりになったとか。それでも、ソ連側の声明は…「“カティンの森事件”はドイツの謀略であった」の一点張り。。。
そして、第二次世界大戦終結後…
なんと、この事件に触れることはタブーとされてしまいます。ポーランドがソ連の衛星国となってしまったことや東西冷戦の影響など…色々な事情が重なったからです。しかし、第二次世界大戦後もポーランド国民の反ソ感情は強く、ベルリンの壁が崩壊した1989年、ソ連の学者たちはヨシフ・スターリンが虐殺を命令し、当時の内務人民委員部長官のラヴレンチー・ベリヤなどが命令書に署名したことを遂に明らかにします。さらに、翌年の1990年には、カティンと同じような埋葬の跡が見つかったメドノエとピャチハキを含め、ソ連の内務人民委員部がポーランド人を殺害したことをミハイル・ゴルバチョフ大統領も遂に認めることになります。
以上の通り、今では事件がソ連の手によるものだったという事実が明らかになっておりますが…
50年間にも渡り、こんな凄惨な事件が真実が闇へと葬られてきたことは絶対に許されるべきことではありません。この作品を通じて、カティンの森事件に巻き込まれて父を亡くしたワイダ監督がポーランドで見てきた事実の伝承に対する執念など、強く感じ取ることができました。
それだけに、この作品で切り取られたヒトコマヒトコマ…その内容は、とてもリアルです。
重く、苦しく…シツコイくらいにズシッときます。凄惨なシーンも少なくなく、倒れた人の数は数えられないほど…。後にポーランドが辿った歴史も少なからず知っているだけに、ソ連軍に対する憤りも強く感じました。その影響か、最後のエンドロールで自分は凍りついてしまいました。「ここまでやるか?」と思ったし、真っ直ぐ家へ帰ることも困難なほどで…まさに、「立つのもやっと…」という状態でした。。。
この作品ほど、涙なくして観た作品…自分の記憶の中では殆どないと思います。
映像を直視するのも大変だったのが本音でしたけど…凄惨な歴史ほど目を背けてはいけないと思うし、いつか自分のためになるような気がしてなりません。
〆
<Postscript>
余談ですが、ポーランド人と話したことが1度だけあります。
日本ではなく、旅行先のパキスタンのフンザで偶然。若い男の子で、人懐こそうな感じで本当に良い子でしたよ。カメラ片手に、色々なものを楽しそうに撮ってました。あのとき以来、ポーランド人に対するイメージが良かったりするのですが…今となると、「カティンの話もすることができたら良かったなぁ…」と思わずにはいられませんね。
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年度が変わり自分も変わる…
年度が2010へと変わってからも、引き続き公私共に多忙を極め続けているため…
このブログに関しても、“更新するのが精一杯”という苦しい状況が続いてます。。。
取り急ぎ、直近の予定を報告しますと…
来月から生活の拠点が少しずつ変わることが決まりました。所謂、引越をし、同棲生活を開始する運びとなりました(照)。ちなみに、転居先は今の近所です。そういう意味でのライフスタイルはあまり変わらないと思いますけど…。そんな訳で、ご近所さんたちとの関係も引き続き…という感じになるので、色々な機会を活かしながら2人でその旨の報告と挨拶をしてます。尤も、その前は不動産屋巡りと物件の内見。さらに×2、家賃交渉なども地道に行いながら、土休日も少しは仕事をしたりとスケジュールはいつも雁字搦めでした。疲れも溜まっていたので、結構シンドかったです。。。
そんな状況でありながらも、今回は色々な意味で良い機会かなと思い…
お金に関しても、少しシビアに考え始めてます。ネット上においても、「これを期にXServerへレンタルサーバーを変更し、Movable Type4→5へのバージョンアップも行おうかな?」という画策を密かに試みていたのですが、試してみると、「思っていた以上に使いづらい…」という印象しか残らなかった(※参考:concrete5:インストールガイド|PHP5 を使う設定をすると“htaccess”にその設定内容が書き加えられる)ので、止めました。。。
Movable Type5の使い辛さも然ることながら…
XServerの仕様に関しても、「これは看過できない問題でしょう?」と思ったのが本音でしてね。
自分の中では、「ダブルパンチを喰らってしまっただけ…」という感じでガッカリでした(汗)。
ちなみに、移転先はhetemlも候補だったのですが…
前述したような状況もあり、2つも試す時間は残っておらず…これはかなり悔いが残ってます。
以前から感じていたことですが、レンタルサーバーの引越って、難しいですね。
「もうチョット長いスパンで他のレンタルサーバーをチェックしなければ…」と思った次第です。。。
〆
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