From the author's New-Can
- 当サイトは、IE9&Safari5&Chrome17&Firefox11&OPERA11…以上の環境で動作確認済です。全てのブラウザに対して、素人が矛盾なく適応させることは至難の業です…。
- スマートフォンでも、Android2.3&iOS5の環境で“必要最低限の動作は確認済”です。PCと同様のレイアウトで概ね閲覧可能ですが、解像度により一部非表示となるケースがあります。
- 記事内で掲載されている一部画像は、ダブルクリックするとポップアップ画面経由で拡大されます。
- コメントやトラックバックは、“当該記事の最上部に数字が表示されている記事のみ可能”です。これらの機能は、その数字がリンク先となっております。
- 足跡を残す際は、画面左側にある“おきてがみ”機能も利用して下さい。
- 白い頁が全面に出力されてしまった場合などは当方へ報告して下さい。メールフォームは、“検索&アーカイブメニュー頁の中央”に用意してあります。
2011年4月 記事タイトル一覧
- [ 2011年4月23日 19:40 ] チョットした親心の代償はあまりにも大きかった…
- [ 2011年4月17日 15:47 ] スリランカ旅行記 其の七
- [ 2011年4月 9日 18:39 ] 光iフレームを“試しに”使い始めました
- [ 2011年4月 3日 18:50 ] アップルジュース
チョットした親心の代償はあまりにも大きかった…
「事実を隠すことは良くないな…」と改めて思った事件があります。
福島第一原発の件も勿論なのですが…
18日に栃木県鹿沼市でクレーン車が歩道に突っ込み、小学生6人が死亡した事故の話です。
(※被害者側の方々に対して、心の底からご冥福をお祈り申し上げます)
最初、ニュースでは、逮捕された運転士の様子を…
「自分はやってないと言っていた」とか、「勤務態度は真面目」、「発作を伴う持病」といったキーワードを並べて伝えていたと記憶しております。「本当に分からなかったんだろうなぁ…」と自分は思いました。その理由は、「この事故の原因は容疑者がてんかん患者だから…」と確信していたからなのですが、やはりその通りでした。
この事故を通じて知りましたが、てんかんの方も運転免許を取得することができるのですね。
ビックリしました。しかも、クレーン車のような特殊車両も問題なしなんて…。
「てんかん患者の方々も健常者と同等の権利があって然るべき…」
という意見の方もいるかと思います。自分はボランティア活動にも多少なりとも関わっておりますから、その関係で周囲にはてんかんで苦しんでいる方は何人もいますし、発作を起こした際にどうなってしまうか、この目で見ています。多少は知っているツモリです。
色々な意見があることを承知の上で書きますが…
個人的には、「運転免許の付与だけは止めて欲しい。絶対に良くない!」と思います。知っているからこそ、今回の事件のように全く罪のない子供たちを殺戮する道具ともなり得る可能性がある車の運転は控えて欲しいし、てんかんが原因で今回のような非常に大きな罪へと至るようなことがあっても、容疑者とされた人間にしてみれば、「とりあえず謝罪はしたけど、本当に自分がやったの?」というのが正直なところだとも思うからです。
「記憶にないことを反省しろ!と言われたって、反省しようがないでしょう…」みたいな。
被害者側の気持ちも分かるのですが、自分が裁判員ならば、この容疑者に対して極刑は下せません。
でも、そんな判断を下さなければならないのがあまりにも苦しい。苦し過ぎる。
そして、そのときの判断に一生苛まれる。
間違いなく耐えられない。
…こんな状況を生むようなキッカケを絶対に作ってはいけないと思うのです。
ちなみに、Wikipediaをチェックしてみたところ…
てんかん発作による事故って、結構あるんですね。何故、見直されなかったのだろう…。
今回の事故に対して、容疑者の母親は…
- 「持病や執行猶予中であることを隠した。心苦しかったが、息子が喜んで働いている姿に本当のことを話せなかった」
- 「一生かけて償う。許してください」
といったことを記した手紙を通じて謝罪したようですが、、、
チョットした親心の代償はあまりにも大き過ぎましたね。被害者の家族の方々、息子の勤務先、その会社の従業員の家族の方々など、この事故によって被害を被った方は少なくないでしょうから…。
「人間は誰もが幸せになる権利を有している」にも関わらず、、、
その大切な権利を自らの最愛の息子から奪ってしまうキッカケを作ってしまった容疑者の母親は…
「息子以上の罪を負って然るべきではないか」
と個人的には考えますが、この考え方は屈折しているのでしょうか。。。
〆
<Postscript>
手紙の中の「一生かけて償う」という誓いが…
なんだか妙に軽く映っている気がしてならなかったのは自分だけでしょうか。
- Entry Site -
Thank you so much to read My Blog. I hope it's a fine day for you. See ya!
スリランカ旅行記 其の七
<「スリランカ旅行記 其の六」からの続き>
アヌラーダプラとポロンナルワを巡った翌日は…
インドのアジャンタの石窟と同様、世界遺産に認定されている石窟寺院で、「水が湧き出る岩」という意味をもつ“ダンブッラ”の黄金寺院を朝から観光してきました。
タミール王朝の侵略を受けた際、こちらの洞窟に身を隠した…
ヴァッタガーマニー・アバヤ王がアヌラーダプラを奪還し、紀元前1世紀に創建した後、ポロンナルワへと王都が移って行く頃から本格的な壁画が描かれる石窟寺院となったようなのですが、なんだか入口の様子が少しオカシイです…。
目に映ったものは、遠くからも目立つ黄金仏とその手前に鎮座する黄金のストゥーパ。
そして、最右部の画像は見た目通りで、仏教テレビ局と仏教ラジオ局。想像さえしていなかったものばかりで、チョット面食らいます…(;^^)。ちなみに、チケットは黄金仏のところで購入します。
先程の場所は大通り沿いにあるのですが…
洞窟寺院の入口は、そこから続く坂道を暫く上ったところにあります。車があれば簡単に辿り着くことができますが、徒歩となるとなかなかハード…。ちなみに、画像では分かり辛いかもしれませんが、ここからはシーギリヤ・ロックも望むことができるなど、眺望は素晴らしいです。
…少し話が逸れてしまいましたが、ダンブッラの石窟寺院は第1窟~第5窟迄あります。
石窟は古い順に並んでいるので、この旅行記でもそれに従う形で取り上げたいと思います(※尚、以下で取り上げる画像は、実際の雰囲気に近付けたく、撮影する際はフラッシュを使用しておりません。また、明るさやコントラストに関する調整も殆ど加えておりません。あしからず…)。
まず、入口から最も離れた… |
続きまして、第1窟であるデーワ・ラージャ・ヴィハーラ… |
第2窟であるマハー・ラージャ・ヴィハーラ… ちなみに、こちらの見所は壁画であるようですが… |
尚、洞内の中央部付近には… |
ちなみに、この水は重要な儀式の際に僧侶が飲むそうです。
これがあれば、何も食べなくても何日も過ごせるのだとか…。全然関係ないですが、ドラゴンボールのカリン塔の話を思い出しました…(;^^)
第3窟であるマハー・アルト・ヴィハーラ… |
左から2枚は、キャンディ王朝末期に造られた…
第4窟であるパッツィーマ・ヴィハーラ(※日本語訳:3人の王の寺)で、残りは倉庫を補修した上で、1915年に造られた第5窟であるデワナ・アルト・ヴィハーラ(※日本語訳:第2の新しい寺)で其々撮ったものとなります。
他の3つの石窟寺院と比較してしまうと規模も小さく…
第4窟に至っては壁画の保存状態がイマヒトツであったり、「観光客が仏像の手のひらに座ったために法力が落ち、塗り直した…」など、色々な話があるのですが、極め付けは画像にあるストゥーパ。悪戯により壊された後、1996年に修復されたのですが、これを破壊した人々は程ないうちに亡くなったということもあり、「仏のたたりだと噂された」とのことです…。
芸術的な価値は勿論ですが…
「法力という意味でも、ダンブッラの黄金寺院は永遠に変わることはない」ということでしょうね。
自分自身、このような厳かな場所で祈りを捧げることができたことは、とても嬉しかったですし、この旅の良い思い出の1つとなったことは言う迄もありません。
<其の八へつづく(※画像数などの関係にて分割)>
〆
- Entry Site -
Thank you so much to read My Blog. I hope it's a fine day for you. See ya!
光iフレームを“試しに”使い始めました
チョット前のフレッツ光のキャンペーンで… |
ちなみに、この光iフレーム。実は、1ヶ月ほど前に届いたのですが…
先の震災の件以来、毎日バタバタしていたこともあり、開梱したのはなんと昨日で、設定を済ませたのも今日…みたいな。。。
無線LANの設定をはじめ、作業自体は全般的に容易です。
調べてみたところ、「フレッツ光の販促」、「パソコンではハードルが高いので、簡易な端末が必要」といったコンセプトの下、女性を中心としたメンバーで開発を行ったようで、その影響も大きかったのでしょう。フレッツ・マーケットのちらしに関しても、その点は明確で、4種類の絵が描かれているシチュエーションはキッチン、リビング、ダイニング、リビングで、登場しているのは主婦、若しくはお婆ちゃん。
「なるほどね…」という感じのアプローチです。
ただ、個人的な感想を申し上げますと、“光iフレームはハズレ”ですね。
初めてのAndroid端末ということで、少なからず興味津々だった反動もあるのかもしれませんが、理由としては下記の通りです。
- 動作が鈍重。機械に強くない方なら、「壊れてる…」と勘違いしてしまうのでは?
- 個人的には感度が悪いという印象。文字も打ち辛い。
- 新鮮味がない無料アプリ。現在は月額利用料半年間無料キャンペーン実施中なので、特に気にしませんが…月額利用料210円でもなんとなくケチケチしたくなる。
- バッテリの駆動時間が1時間未満。馬鹿にしてるというか、これならば持ち運べなくて良い。
ウチの場合、妻も狙いを定められた1人だと思うので、その視点で使ってみたつもりですが…
どうもピントがズレている気がします。そもそも論として、「興味がないから特に購入したいとも思わない…」という前提がないと思うのです。そんな方に対して、2万円を超える端末なんて高価な買い物です。それが、1時間も持ち歩けないという出来栄えでは、「お金をドブに捨てたようなもの」という印象しか残りません。スマートフォンを除き、このような類のものを2度と買うことはないのではないでしょうか。すぐにでも戦略面などで大きなテコ入れをしない限り、逆の意味で記憶に残る可能性が濃厚という気がします(※ウチの場合、新聞を購読していないので、“毎日特売DX”、あとは“radiko.jp”だけあれば十分な気がします)。
…しかし、これだけ酷いものは久々です。
今後も、逆の意味で注目し続けたいなと思ってます…(;^^)
〆
<Postscript>
他のユーザーの方はどのように感じたのだろうと思って、検索を行ったのですが…
オークションに出品されている方が目立ちますね。気持ちはよく分かるのですが、個人的には、「売り付けるのも申し訳ない気分になった」といいますか…とりあえず、タダで手に入れたものですから、壊れる迄は使ってみます…(;^^)
- Entry Site -
Thank you so much to read My Blog. I hope it's a fine day for you. See ya!
アップルジュース
海外へ旅行したり、留学したりする友達が増え始めたのは…
僕が20歳くらいのときだったと思う。行き先は英語圏で、中でもアメリカが1番多かったと記憶している。
彼らがどんな目的で海を渡ったのか、よく分からない。
ただ、帰国後の様子からは充実した時間を過ごしてきたようだった。
もしかしたら、簡単にコミュニケーションできない状況が成長を促したのかもしれない。
そう考えると、彼らのことが眩しく見えて仕方なかった。
大学を卒業する頃になると、そんな人間は1人、また1人と増えた。
次第に、「海外を知らないことが壁となり、目の前に立ちはだかるときが来てしまうのではないか」と僕は焦り始めた。
そして、社会人になって2年目の夏期休暇。
幼い頃からの友達が住むロサンゼルスへ1人で渡る決心をした。異国から日本を見てみたいという純粋な気持ち、それだけだった。
成田からロサンゼルスへ向かう飛行機に乗り込むと、機内はとても賑やかだった。
同じ国の人間というだけで、隣に座る乗客とのお喋りを楽しんでいる。「僕の隣にはどんな人が座るのだろう?」とドキドキしながら待っていると、同世代の日本人の女の子が座った。
僕も周囲と同じように、隣に座る彼女に話しかけてみた。
彼女は、カナダへ短期留学をするために初めて出国するのだという。飛行機に乗るのも初めてだったようで、無事離陸したときは、機内で1番興奮していた。そのとき、「これから波のように押し寄せてくる初体験を、彼女のように1つずつ楽しもうとする感覚が大切なのかな?」と思った。
彼女とお喋りを始めてから暫くすると、機内の乗客に飲み物が配られ始めた。
僕たちが座っていた一角は、アメリカ人の客室乗務員が担当していた。「英語でキチント受け答えができるかな?」と不安が頭をもたげた。
しかし、前方に座っている乗客は、一言で済ませている。
「あの調子でいいのか…」と思うと、気が楽になった。
客室乗務員が僕たちのところへやってきた。
僕は飛行機に乗る前から、「最初に頼む飲み物はリンゴジュースにしよう」と決めていた。というのも、コーヒーやティーでは日本語と同じような受け答えでアッサリ終わってしまう。英語の先生が、「日本語と英語で1番違うところ」とよく言っていた音を、最初に発してみようと思ったのだ。
「あップルジュース、プリーズ」と、「あ」の音をチョット意識しながら頼んだ。
客室乗務員は、僕の目を見て一瞬微笑むと、プラスチックのカップにリンゴジュースを注ぎ、手渡した。
子供でもできるようなやり取りに、僕は1人興奮していた。
「そうか、アメリカでもこんな感じで会話すればいいのか」と思うと、自信も沸いてきた。
アメリカをなんだか近い国のように感じていた。
〆
<Postscript>
“アメリカ”をテーマにして、初海外のときの経験を交えながら書いてみました。
色々と思い付きそうなテーマのように思えるかもしれませんが、自分には厳しいテーマでした。
実は、自分が初めて日本を飛び出したのは、2001年の8月。
このとき、友人とアメリカ&バミューダを旅したのですが、1ヶ月後は…そうです。「アメリカ同時多発テロ事件」が起きてしまったのですが、旅行中に驚いたことの1つとして、「ボストン空港(ローガン空港)のセキュリティチェックの甘さ」があり、自分は周囲にも指摘しておりました。同じ印象を抱いていたテロリストにより、悲劇が起きてしまったのかと思うと、悲しみで胸がイッパイになりました。。。
そのため、今でもアメリカのイメージを聞かれると…
この記憶がどうしても付き纏います。あれから10年の歳月が流れましたが、個人的には永遠に忘れられない負の出来事の1つです。
- Entry Site -
Thank you so much to read My Blog. I hope it's a fine day for you. See ya!



















































