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身内が理不尽過ぎる交通事故に遭いました…
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身内が理不尽過ぎる交通事故に遭いました… 

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Written  By  New-Can   [ 2013年6月16日 15:52 ]     

Category  01-A-01. 日記一般  *  08. ニュース関連      BBS


月初に、信じられないことが起きました。
電話越しの向こうは、TVのニュースでしょうか。1つ年下のいとこ(従妹)の名前が読み上げられていて、「何故だろう?」と思っていたのですが…。


実は、この従妹が自宅近くで交通事故に遭ったのです。
状況も最悪で、2歳の愛娘さんを自転車の後ろに乗せていた際、背後から軽乗用車にはねられたのですが、この車はその自転車を100mも引き摺り、結果…従妹は重傷、愛娘さんは全身を強く打って、亡くなりました(※後日、記事を読んで知りましたが、シートベルトが生死の境目となったようです)。


最初、母から一報を受けたとき、自分は仕事をしていたので…
「間違えた…」と言われました。先月からシステムトラブルなどの連続で、この日も取り込んでおり、「なんか変な電話だなぁ…」と思いながらも仕事を続けていたのですが、仕事が終わってから、隣のビルからすぐにコールバックしました。思わず、「嘘でしょう? なんで、そんな目に遭わなくてちゃいけないの!!」と泣き叫んでしまいました。「何かの間違いであって欲しい…」と強く願ったのですが、TVのニュースというのは残酷ですね。こちらにしてみると、読み上げられている現実を避けて通ることができないのですから。


電話を切ってから、スマホですぐにネットの情報を確認しました。
Yahooのトップからリンクが張られてました。悲しいことに、TVのニュースで発表された通りでした。


こんなに悲しんだのには、従妹家族との関係もあります。
実は、従妹の夫と自分は、会社において、“入社同期”の関係でもあるのです。


愛娘さんを失った母としての思い、父としての思い、会社同期としての思い…。
そして、従妹と愛娘さん自身が味わった、この世のものとは思えぬ激しい痛み…何重苦でしょう。そもそも、こんな思いをするために、2人は出会ったり、結婚したり、子どもを授かったりした(※愛娘さんからしてみれば、生まれた…となりますね)訳ではないのです。幸せな人生を過ごすべく、結ばれた関係なのです。色々な思いが自分の心を一瞬で駆け巡りました。「痛ましい出来事」なんて言葉で済まされるものではありません。彼らに起きた出来事は他人事ではなく、完全に自分自身のことでした。このため、娘を失った夫婦の悲しみは、鋭利な刃物となって、自分の心臓をも刺し、その痛みで自分も悲しみに暮れました。


加害者への憤り、そして今後2人とどう接すれば良いのかと思うと…
家へ帰ってから、ただただ号泣でした。もはや苦しいなんてレベルではなく…心臓が張り裂けそうな思い。「こんなとき、人はどんな行動をとるべきなのだろう…」と考えました。「外野は、黙って悲しみに暮れれば良い」という冷静な意見もある一方で、「心だけでも、すぐに傍に寄り添いたい」という思いも自分は強く募り、その挟間で涙がさらに溢れました。


結局、その夜、自分はどのような判断をとったのかというと…
散々、迷った末に、後者の判断をとりました。この判断に関して、「オマエは非常識だ!」と激怒する方もいるでしょう。会社の同期というだけならば、前者の判断をとった気もしますが、今回は特別な関係にあるのではないかと思ったのです。「オマエのような立場にある人間が、何故言葉を交わさない? あまりに冷たくないか?」と神様に諭されたような気がしたのです。しかし、お互い何か話せるような精神状態ではないと思ったので、メールのやり取りだけでしたけど…何回か交わしてから、寝ました。


その翌日以降、彼と同じレベルの悲しみ…ではないでしょうが、、、
酷く落ち込んだ状態で時間は流れ、数日後。「日曜日、お葬式の手伝いをして欲しい」という連絡が母を介してありました。非常にありがたい連絡でした。適切な例えではないかもしれませんが、“自分はサンドバック役でも良かった”ですよ。サンドバック役でも…。同期と会って、直接言葉を交わす機会があるならば、なんでも良かったです。なんでも…。


というのも、会社はこの事実を公開しないと思いました。
しかし、自分だけは親族…重たい現実とはいえ、知らされて当然の立場でしたが、ただでさえ涙もろい自分です。彼に会ったとき、たとえ会社であっても、絶対に号泣すると思いました。周囲から見れば、意味不明ですよ。さらに、彼は、今回のことはごく僅かの範囲の人間だけが知る事実に止めたいという思いでいたことを自分はメールを通じて知っていたので、身勝手なことを承知で申しますが、会社で顔を合わせる前にどうしても会いたかったのが本音でした。


そして、お葬式の当日の話…。
話は長くなりますが、もう少し話を続けさせて下さい。


自分は、父を失って20年強の月日が流れましたが…
亡くなった瞬間に病院で号泣したこともあってか、そのときに比べると、式の際は意外と涙が流れなかったことをハッキリと覚えてます。しかし、今回は話が違います。式が始まる前に、親族としてお線香をあげたのですが、愛娘さんの遺影を見た瞬間、まず涙しました。これはよくある話でしょうが、“位牌を見て、大号泣したことは初めてだ”と思います。“享年2歳”…何か感じることありませんか?
(※こんな経験をするのは、最初で最後であると心の底から強く願いたいです)


式の途中では、重傷を負った従妹も病室から横になった運ばれ…
車椅子などを介して、参列しました。今迄、重傷を負った方を見たことはなかったので、その衝撃は大きかったです。悲しみは勿論ですが、加害者への憤りがさらに募りました。身体がボロボロだったのは申す迄もありませんが、視力も特殊ゴーグルをかけて、どうにかあるような状態と見受けられました…。なんて言葉をかけて良いのか分からず、結局かけることはできませんでした。小さいときから超元気で、性格も超明るいことを知っているだけに尚更でした…。弟なんかは、良い姉貴分の関係にあるので、自分以上に、その衝撃は大きかったと思います。


さらにその後は、愛娘さんとのお別れの際の献花、火葬、納骨…。
対面してみると、100mも引き摺られたとは思えぬような状態でした。アンパンマン関連のぬいぐるみが寄り添い、満足げな美しい寝顔…といいますか、何も知らない方が見れば、まだ生きているかのような状態でした。献花を止めたいくらいの心境となり、ここでも大号泣…さらにこの状態で火葬される際に、また大号泣…そして、骨だけになってしまった姿を見て、またまた大号泣…。


自分自身は、会計のお手伝いをしていたので…
式自体は、要所要所も確認することはできませんでしたが、実は誰も見ていないところで、終始涙が止まらず、簡単なことを何度も間違えてしまったほど…弟にも助けてもらいながら、ダブルチェックという感じで、どうにか乗り切ったような状況でした。


その後、少し冷静になってから、ふと自分たちが歩いて通った場所の床に視線を落とすと…
あちこちで光ってました。そうです。参列者の涙です。これだけの涙を流したのは、自分だけではないのです。こんな状況に直面したことは、人生において初めてのような気がします。この日、このとき流せる涙は、自分は全て流したつもりですが、空の向こうへ光となって届いて欲しいというか、父と母がいない世界でも寂しい思いをしないよう、灯となって欲しいと切に願いました。


ちなみに、会社の同期は、号泣する場面が何度もあったものの…
父としての強い意地を感じました。喪主としての役目を滞りなく務め上げました。この日、自分は泣いてばかりで、彼とは思い付く限りの言葉しか交わせなかった気がしますが、本当に立派でした。それだけはハッキリと伝えました。自分は同じ立場だったら、務め上げられるのか…不安になりました。でも、子を持つ父親は、こうでなければいけないんですよね。そうしないと子どもに悪いから…。


そんな訳で、この先、お互い会社で会ったとしても…
「どうにか大丈夫かな…」と思える精神状態に、自分はなりつつあります。というか、式が終わってから、そう思うことにしましたが、もう暫く時間が必要な気がします。


話は変わりますが、上記事件の加害者は72歳の方で、事故当時の状況について…
腹が痛くなって、前かがみになっていた」とか、「自転車にぶつかった後、ブレーキとアクセルを踏み間違えたかもしれない」などと供述したそうです。開いた口が塞がりません。


ここで、車を運転している方に対して、申したいことがあります。
体調が悪いときに、車の運転をしないことが免許を有している人間のマナーである」と思いませんか? そして、「車は便利な乗り物である一方で、凶器でもある」とも思いませんか? 今回の出来事があったから改めて申す訳ではありませんが、「自分は大丈夫…と思っている方ほど危ない」と思います。さらに付け加えるならば、ご年配の方には耳が痛い話かもしれませんが、「ある程度の年齢になったら、車を運転しないのが賢明である」と自分は思います。


結局、便利と凶器は紙一重の関係にあるのです。
そして、車は自らの人生を汚す可能性を孕んでいる乗り物でもあるのです。


最後になりますが、日本は今後、さらなる高齢化社会になることは確実です。
今回のような痛ましい事件があっても、何も法律が変わらないならば、このような理不尽な出来事は、日本のどこかで、また起こることでしょう。個人的には、それが悲しいですし、苦しいです。こんな経験、誰にもして欲しくありません。もう勘弁して下さい。そして、神様…従妹夫婦に対しては、1つでも多くの、誰よりも大きな幸せを与えて下さい。

<Postscript>

今回のようなことを経験してしまうと、もう車を運転することはできません。
ここ4~5年、運転していないこともありますが、生涯、車を運転しないことを誓いたいと思います。


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