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読み物レビュー <鎮魂の旅路~横井庄一の戦後を生きた妻の手記/横井美保子編>
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読み物レビュー <鎮魂の旅路~横井庄一の戦後を生きた妻の手記/横井美保子編> 

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Written  By  New-Can   [ 2014年11月14日 07:46 ]     

Category  03-F. 国内旅行記@東海  *  04-C. 読書感想文      BBS


横井庄一記念館01

一生モノだと思っている大切な宝物”が…
僕には幾つかあります。そのうちの1つは、横井庄一氏が作った花瓶です。奥様の美保子さんが名古屋市中川区にある自宅の一部を公開する形で、日曜日のみ記念館として開館している(※PDF形式のチラシ)のですが、そこへ立ち寄った際に、「大切にしてくれそうな人にあげたいの…」と手渡されたものです。

この花瓶を作った横井庄一氏が生前、どんな時間を過ごしたか…
ご存知の方は多いかと思います。太平洋戦争終結から約28年後の1972年、アメリカ合衆国領グアム島で、現地の行方不明者を捜す地元の猟師に発見されたのですが、当時グアムに残っていた隊員にはポツダム宣言(1945年)受諾によって日本軍の無条件降伏が発令されたことは知らされておらず…庄一氏もエビやウナギをとるために仕掛けに行ったところだったとか。このとき、満57歳。その間、ジャングルや竹藪に自ら作った地下壕で自給自足の生活をしておりました。

同年2月に帰国した際、羽田空港で発した第一声は、「恥ずかしいけれど、帰って参りました」。
この言葉を捉えた、「恥ずかしながら帰って参りました」はその年の流行語となるのですが、庄一氏の実直な人柄が窺えると共に、“生きて本土へは戻らぬ決意”を徹底させた軍事教育がどれほどのものだったか、僕は感じ得ずにはいられません。

…そんな庄一氏の帰国後の趣味は、精神修行も兼ねていたという“陶芸”でした。
僕は、庄一氏が作った花瓶を見ると、「どんな困難が待ち受けていても、自らに課された宿命を恨むことなく、自身を信じて頑張らなければ…」という真摯な思いにさせられると共に、「庄一氏が味わったことを後世に語り継ぎたい」という思いに駆られます。ちなみに、本作でも取り上げられておりますが、自宅に窯を設けるほど陶芸に夢中になった庄一氏は、ジャングル生活を選んだ理由に関して、以下のようなことを申していたそうです。

  • 親に孝すれば、国に不忠(=捕虜になってしまう)。国に忠すれば(=天皇陛下のために死ねば)、親に不孝。片方だけ取ろうとしても、それができないことが(グアム島で)分かった。
  • 銃は天皇陛下の預かり物だから捨てる訳にはいかない。撃てないようにしておけば良い。
    そして、自分の力で生きていけば良い。国も親もどっちも大事だから、どっちも立てなきゃならんから、ジャングルに…そんな気持ちになっていたんじゃないかと思う。

ヒトコトで片付けるのは忍びないのですが、、、
庄一氏は、「バランスを大事にしていた」ことが、とてもよく分かるエピソードのように感じるのは、果たして僕だけでしょうか。

一方で、軍事教育が徹底されていた当時、敵軍の捕虜になるくらいならば…
後に、庄一氏でさえも“生き地獄”と称す、苦しいジャングル生活を強いられるならば、自決を選ぶ人間が圧倒的に多かったにも関わらず、庄一氏が生きる選択をしたのは、「軍人として、親を思う1人の人間として、命を粗末にしてはならぬという強い信念もあったから」でしょう。

自分の物を作り、食べる。それじゃ生きていくのが難しいから、十中八九は死ぬ。
でも、豚や鹿は生きている。彼らの食べる物を辿って行けば、自分の力で食っていける。人間も食っていけるはずだ。それも島民が食わん目立たない物を食っていけば良い。


人間、生きていれば、「もう逃げ出したい…」と思うことは、何度もあります。
しかし、庄一氏には、物資に恵まれているとは言い難い、人里離れたジャングルにおいても、上記のようなポジティブ思考の境地へと自身を持って行くことができる“メンタルの強さ”がありました。それでも、本作によると、「この海の上を、一足一足、沈まずに歩いていけるものなら、幾日かかっても歩いて日本へ帰りたかった」というのが本音だったようです。

そこで、来たるべきときが来る迄、我慢しようと…
庄一氏は竹藪に穴を掘って、生きる道を選んだ訳です。美保子さんの話によると、地下壕は湿度が高く、酷い臭いで、ガマガエルがピョンと飛んでくるなど、とても気味が悪かったとか…。そのような状況に追い込まれても、庄一氏は敵に見つからぬよう、ヤシの実を集め、ソテツの実を採り、食材に関しては動物たちを観察しながら、問題なさそうなものを冷静に探し…カエルやネズミ、デンデンムシを食べながら耐えたそうです。さらに、熟睡しないよう、眠りは浅めに…周辺を出歩くときもジグザグに歩くなど、気配を消すよう、心掛けたとか。

月の満ち欠けで月日を数え、年数を頭の中に記憶し、望郷の思いに胸を焦がし続ける…。
生きるという意味では、これほどまでに慎重な性格は功を奏したのかもしれませんが、誰もが28年間継続できることではないと思います。僕も含め、現代の人間であれば尚更です。

横井庄一記念館02

そんな庄一氏の記念館における展示品の中心は…
画像左の通り、竹藪に掘って住んでいた“穴の模型”となります。横井夫妻の知人の美術教諭が紙や竹などで再現したもので、身を潜めていた穴の高さは僅か1mほどだったとか。身長173㎝ほどあった庄一氏は、背筋を伸ばすことさえもできない“劣悪な環境”で前述のような日々を過ごしていたそうです。

尚、その他の展示品に関しては、庄一氏が帰国後に復元した…
パゴ(ハイビスカス)の木からとった繊維を紡ぐハタ織り機(※仕立て屋の経験も活かし、苦心を重ねて作った布で丹念に洋服を編んだそうです)や魚を捕るかご、ココナッツの実で作った椀…といった感じでしたが、イイ意味でシンプルそのもの。“手作り感満載”といえます。

僕は1人の人間として、横井庄一という人間を心から尊敬しております。
幼き頃、基地を作ったりして遊んだ“最後の世代”と思われる人間にしてみると、いざソコだけで過ごすとなると難しいものです(※こんな所で遊ぶなと警告されましたw)。生きるという意味では、僕も頑張る方ですが、28年もジャングルで生き抜く生命力はありません。恥ずかしながら、火の起こし方さえも分からない、足手まといの口だけの人間ですから。。。


最後になりますが、本作によると、庄一氏は美保子さんに対して…
以下の通り、4つの願いを託したそうです。

  • 自分はグアム島でカタツムリ、ネズミ、カエルの生命を奪って生きながらえることができたのだから、彼らの碑を建ててやりたい。
  • 60歳を過ぎてから一生懸命に陶器を作ったのだから、もしできることなら、豊田市の民芸館へ作品展1回分を寄贈させてもらえたらありがたい。
  • 自分の死後、もしも横井庄一記念館ができたら、もって瞑すべし。
  • 『明日への道』はグアム島のことばかりで、日本へ帰ってからの生活を書いてないから、オマエが書いてくれよなぁ。オマエなら書けるだろう。

庄一氏の人柄がよく分かるエピソードです。
グアム島から帰ってきて、庄一氏は、「自分はいったい何をしたのだろう?」という思いを抱えながら生きていたようです。奥様である美保子さんを巻き込んで苦労をかけただけじゃないかと…。ところが、美保子さんは、本作の中で以下のように記してます。

別れの言葉がお互いに 不本意な「ごめんね」だったとしても
ああ 私は泣くまい 嘆くまい
大輪の花が見事に咲いて散るように 貴方は貴方の人生を
精一杯けなげに生きたと 私は心の底で思っているから


僕は、これを読んだとき、思わず涙してしまいました。
庄一氏は、「奥様の美保子さんを愛し、信頼していたからこそ、感謝の意味も込めて本作を残したかったのではないか?」ということを確信せずにはいられませんでした。

家族や転機となった友人という、一線を越えた“人生のパートナー”的な関係であれば…
ときには大きな困難に直面してしまうこともあるでしょう。それに対する結果が成功だったとか、失敗だったとか、そんなことは関係なく、苦楽の時間を共にした関係ならば、「美保子さんのような立ち振る舞いを理想形としたい…」と僕は思ってます。

マイナスベクトル思考の人間が多い昨今、横井夫妻のポジティブベクトルは…
僕の中では清々しくもありました。もし、「自らが苦しいときや辛いとき、傍に置いておきたくなる作品は何か?」と問われたら、僕は以下のような庄一氏の言葉を読み返すために、迷うことなく、本作を選ぶことでしょう。

日本は経済大国だといったって、石油などの資源に乏しい国ですから、
自分でよく考えて、普段からあまり贅沢に自分を馴らさないことです。
いざというときに慌てないためにも、自分のために創意工夫をして歩いていかなくてはなりません。
長生きしようと思ったら、自分で自分を戒め、何事も自粛しなくてはダメです。
そして、自分で精一杯努力して、あまり欲を深くしないで暮らすことだと思っています。


取り敢えず、評価という意味では、“★5つ”以外、僕の中ではあり得ませんね。
1人でも多くの方に読んで頂きたいと思う作品の1つです。

<Postscript>

横井庄一記念館では、美保子さんともお話しさせて頂きましたが、気さくで素敵な方でした。
尚、記念館は、車でのアプローチでないと厳しく、“記念館というにはチッポケな場所”であることは否定しませんが、「名古屋へ行く機会がある方には、是非立ち寄って頂きたい」ですね。


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