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- 【03-G. 国内旅行記@関西】の親カテゴリは、「03. 旅行関連」 です。
- [ 2009年3月22日 10:39 ] 京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の四
- [ 2009年3月 7日 12:23 ] 京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の参
- [ 2009年3月 1日 23:15 ] 京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の弐
- [ 2008年12月15日 01:18 ] 京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の壱
京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の四
<其の参からの続き>
今回の其の四に関しては…
「もし、尼子駅に到着したときに彦根・米原方面の近江鉄道の列車がやって来た場合は…」みたいな感じで書いてみたいと思います。ちなみに、これ…2005年の11月にリビアへ行く直前に立ち寄ったときの話です。ずっと取り上げずにいたので、ようやく日の目をみます(※逆ルートで記載します)。
さて、尼子駅の隣には高宮という駅があります。
近江鉄道は、この高宮から多賀線という2.5Kmの盲腸線が分岐しています。
終着駅の多賀大社前です。 |
駅前にある大鳥居を潜り、10分ほど歩くと…
駅名にもなっている多賀大社があります。ここは、「古事記」や「日本書紀」でも取り上げられるなど、「寿命長久」や「縁むすび」の御霊徳は高く、古くから「お多賀さん」と呼び親しまれてきた近江一の大社です。かの豊臣秀吉も母の延命を祈願し、それが成就したときには社殿改修も行ったとか(※しかし、後年焼失し、現在の社殿は昭和7年(1932年)に再建されたものです)。
境内には、ウチの先祖・奥好義(※何故か教科書も含めて、歴史は間違ってますけど)が作曲した…
国歌・君が代の歌詞にも登場する「さざれ石」があるなど、どことなく包み込むような雰囲気に少し圧倒されましたが、自分の件もそろそろ成就して欲しいものですw
ちなみに、さざれ石の隣の…画像の綺麗な和菓子に関してですが、、、
参道で売られている糸切餅です。こしあんに巻かれた白いお餅に赤と青の三本線が印象的ですが、これにも“意外な話がある”のです。その昔、蒙古軍の2度にわたる襲来を台風によって日本は上陸を免れましたが、それによって、平和が蘇ったことを祝うべく、お団子に蒙古軍の旗印である赤と青の3筋の線を書き、弓のつるで切って(※悪霊を断ち切るという意味があるらしい)お供えしたのが始まり…なのだそうです。日本らしい平和を祝った和菓子はとても美味しく…オススメですよ!
ところで、朝から永源寺と湖東三山を巡った場合…
おそらく、多賀大社巡り終えた頃には日が沈み始めていると思います。以下は、翌日の旅の一案という感じになりますが…ひこにゃんのおかげでさらに有名になった?彦根&竹生島に関しても取り上げておこうと思います。。。
彦根駅から途中、滋賀縣護國神社や…
第13代彦根藩主・井伊直弼が不遇の時代を過ごした場所と言われる埋木舎などへ立ち寄った後…
ご覧の通り、彦根城へ行きました。 |
続きましては、彦根城の近くにある玄宮園です。
1677年に4代藩主・井伊直興により造営された大池泉回遊式日本庭園で、彦根城を借景としているスケールの大きさは“大名庭園”と評価されているようです。当時、こんなことをやってしまう井伊氏が地元にとって良かったのか分かりませんが、栄華は偲ばれますね。庭園などの木々が紅葉しているときに来たかったなと思いました。。。
ちなみに、このときは彦根というか、滋賀県自体が初めての来訪であったこともあり…
「彦根城と共に県のシンボルである琵琶湖だけは観光しておきたい!」と思い、竹生島へ向かってみることにしました…(;^^)
ちなみに、彦根駅から行く場合…
バスで10分ほどの所にある港を発着する船・オーミマリンを利用して、行くことになります(※船の移動は40分ほどです)が、この島…画像の通り、中央の船着き場を除くと殆どが急な断崖…という感じの無人島です。
しかし、こんな条件であるが故に、竹生島には古くから社寺が設けられており…
「信仰の島」としても有名でした。上記は、日本三大弁才天の1つで、西国三十三箇所の第30番札所である宝厳寺です。奈良時代に聖武天皇の命により、行基が開創したとされた場所ですが…桃山期になると、豊臣秀吉との関係も強くなったことで、多くの書状と宝物が寄贈されてます。秀吉が長浜城主であった影響ですかね。上記画像中央の唐門は豊国廟からの移築、同右の渡廊は秀吉の御座船の用材を用いて建てた…と言われております。
こちらは、都久夫須麻神社です。場所も場所であるため、江戸時代迄は神仏習合で隣接する宝厳寺と一体化していたそうです。 |
ちなみに、上記画像の通り…琵琶湖に面する場所にあります。
「かわらを竜神拝所から海に投げると願いが竜神により成就される」と言われている「かわらけ投げ」という風習が残っていたので、京都の神護寺でやったように、ここでも自分は投げてみることにしました。結果としては、「琵琶湖は遠かった…」という感じでしたけどね。あははは…(;^^)
〆
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京都市内&湖東三山などを堪能する旅 其の参
<其の弐からの続き>
お昼前になると、百済寺の駐車場の渋滞待ちが激しくなり…
その影響は周辺の道路にも及んでおりました。紅葉の時期は、どこも混雑しますね…(;--)
こんなとき、「マイカー制限してくれないかなぁ…」と思います。。。
さて、百済寺から始まった湖東三山巡り。
次は、その百済寺からバスで2~30分ほどの距離にある金剛輪寺へ立ち寄ってみることにしました。この日は、百済寺から利用したバスの降車場が変更される(※徒歩10分位の場所)ほどの観光客が訪れておりましたが、交通量に応じて、このような対応をしてくれると無駄な移動時間が減るので、個人的にはありがたい限りです。
まずは、黒門から。永源寺に匹敵するような、気分を高揚させてくれる紅葉の美しさです。
ちなみに、金剛輪寺の参道はかなり長いので、歩きがいがあります…(;^^)
続きましては… |
重要文化財の三重塔(※現在のものは復元)や鎌倉時代の元寇の戦勝記念として…
1288年に佐々木頼綱によって建立されたと言われている立派な国宝の本堂(※堂内は一見の価値有)などです。百済寺は織田信長の兵火で全焼してしまいましたが、この金剛輪寺は寺僧の尽力でこの本堂などの焼失は免れた…と言われております(※こんなことをしでかした織田信長は個人的には嫌いです)。
ちなみに、この金剛輪寺は…
741年に聖武天皇の勅願で行基によって開山されたと言われております。平安時代の初期に天台密教の道場とされて以来、延暦寺の末寺、天台宗の大寺院となったそうですが…上記画像の通り、そんな歴史は本堂などから十分窺うことができると思います。
湖東三山も残るは1つ西明寺。
こちらは、金剛輪寺から歩けなくもない距離だったこともあり、「おそらく、渋滞していて定刻通りにバスが運行されることはないだろう」という予測の下、湖東三山自然歩道を歩いてみることにしました。ただ、この自然歩道…途中に、道標があって欲しい場所にそういったものが設置されていなかったり、金網の門を開けないと先に進めなかったり…と自分が選択したルートは本当に合っているのか、かなり不安になるような道でしたけど…(;^^)。ちなみに、所要時間は40分ほどだったと記憶してます。
山門や表参道などから。
紅葉の美しさとしては、「一部を除き、見頃の一歩手前かなぁ…」という感じでしたね。ちなみに、秋のポスターなどにおいて、↑のような西明寺の表参道の画像が使われることが度々あります(※塀の内側は本坊です)。
ところで、この西明寺ですが… |
ちなみに、これらの国宝は他の湖東三山の寺院同様…
織田信長の焼き討ちに遭いかけたのですが、西明寺は寺僧の機知により、「山門近くの房舎を激しく燃やして、全山焼失のように見せかけた」ため、被害を最小限に食い止めております。おかげで、三重塔の中にある貴重な絵画なども生き残ったのですが、春と秋の特別公開期間の特別拝観料…これはかなり高額です。故に、今回はパスしてしまったのですが、勿体なかったかしら…。
西明寺から近江鉄道の尼子駅迄をバスで移動(※所要時間は15分弱)した後…
乗り放題切符の特典を「フルに活かす」べく、再び近江鉄道を利用することにしてみました。
ただ、やって来た列車は貴生川行き。
どうしようか迷ってしまったのですが、八日市駅で乗り換え、行きのときから車窓が気になっていた太郎坊宮前駅で途中下車することにしてみました。
画像の通り、駅前には大きな鳥居があるのですが…
鳥居の向こうにある場所に興味が惹かれましてね。ちなみに、そこが通称・太郎坊宮の阿賀神社で、画像の通り、秋には道沿いに柿がなるなど、ノドカな雰囲気…良かったです!(※その一方で、畑と同化したような、かなり小振りな音楽スタジオもあったりします)
ちなみに、こちらは欽明天皇の時代…
聖徳太子が箕作山に瓦屋寺を創建したときに霊験があって1400年ほど前に創建されたと伝えられているのですが、問題は…柿がなる通りを進んだ先。徒歩の場合は、↑の画像の通り、階段をヒタスラ歩いて行かなければ、本殿へ辿り着くことができないのです。この日は、朝からかなりの距離を歩いてましたから、正直な話…「太子…orz」という感じで凹みましたけど、気合いを入れ直し、頑張ってみました(※2段目の中央の画像が本殿です)。
こちらは、太郎坊宮の展望台から俯瞰した画像です。
ご覧の通り、展望台からの眺望はかなりオススメです。「太郎坊」というのは神社を守護している天狗の名前なのですが、ご褒美だったのかもしれません。でも、個人的にはココ迄歩くのは骨が折れるので、太郎坊宮はもう十分という感じなんですけどね…。
<其の四へつづく(※画像数などの関係にて分割)>
〆
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