第19回のテ〜マ:【紀伊旅情 3】(2005.08.07.) | |||||||||||||||||||||
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瀞峡観光を終えた後、市街地へ送迎するバス(有料)に乗車し、新宮市街地に戻って来ました。空を見上げると、いつの間にか雲も少なくなっており、散策日和。この日の朝方、本宮に行った際の大雨は一体何だったのだろう…。 さて、熊野三山巡りの最後として、新宮の地名の由来で…駅から徒歩20分程の所にある速玉神社も巡って来ました。古書に因ると、神倉神社という所の『旧宮』に対し、速玉の『新宮』らしいのですが、外観はドコとなく現在の熊野本宮に似ていると思い、軽く調べてみた所…本宮が倒壊した頃と同時期(明治16年:1883年)の打ち上げ花火により社殿は全焼し、昭和42年(1967年)に再建した過去がありました。振り返ってみると、現在の熊野三山の社殿は再建モノばかりですね…実は。 個人的には、歴史迄塗り替えてしまったかの様な、あまりに色鮮やかな朱色の拝殿には、多少興醒めしてしまう所はありましたが…ココの御祭神である「熊野速玉大神」は薬師如来として過去世の救済を、「熊野夫須美大神」は現世利益を授ける千手観音菩薩として位置付けられ、熊野権現信仰が飛躍的な拡がりを見せたと言います。目に見えるモノよりも、ココが歩んで来た歴史こそが世界遺産なのかもしれません。 尚、その後は駅へ戻る前に軽い気持ちで、もう1箇所立ち寄りました。駅から徒歩5〜6分程の距離にある浮島の森。約130前後の植物により、森として構成された小島(天然記念物)が底無し沼に浮いているという、非常に珍しい光景を目にするコトができます。ちなみに、上記画像Cは美女が大蛇に呑み込まれたという伝説が残っている所。本当かなぁ…。 D&E:新宮→熊野市(2004/12/31)
F〜J:熊野灘他(2004/12/31) 熊野市の駅から海は近く、歩いて向かった。すると、右上の画像Eの砂浜の上では、若い女の子がポツンと1人、荒れる海を見ていた。「1人で物思いに耽りたい!」…そんな御様子。海や川から離れた所で育った自分にとっては、地元にこんな場所があるコトには羨ましささえ感じるのですが…このときは特に強く感じた気がします。奇岩が多いせいでしょうか。 その中でも、「まずは熊野の代名詞である鬼ヶ城から画像に収めるか…」と思い、遊歩道の方に向かってみたのですが、大型台風の影響で遊歩道が閉鎖中…(>_<)。さらに、国道42号線も鬼ヶ城付近はトンネル区間のため、歩行者通行不可…。「鬼ヶ城方面に向かう場合は、熊野古道経由で迂回して下さい」とのこと…。 「鬼ヶ城の次は獅子岩を…」と思っておりましたが、「今回は熊野三山を巡るコトが中心であったし、こうなったら熊野古道を中心に据えた旅にしてしまおう…」とそう思う様にし、そちらの方は断念するコトに致しました。でも、まさかココでも歩くコトになろうとは…(;^^)
木本(熊野市駅)側から北の大泊方面に向かうと、コンクリート舗装の道路が続いた後、上記画像Fの様な熊野古道に変わります。御覧の通り、石畳の道ではありますが、大門坂付近の道とは少々趣が異なります。道幅も狭く、石段という訳でもなく…雰囲気的にもトレッキングコースにありそうな山道といった感じでしょうか(※大泊側は異なる模様:参考)。コレでは、ポスターの絵にもなりませんが…実は、熊野古道が残存している箇所は、この程度の規模である様な気がします。 さて、この付近の熊野古道のクライマックスに関してですが、やはり…松本峠から有馬忠親という方が隠居していたらしい鬼ヶ城跡方面に向かった所でしょうか。この付近から新宮方面に至る海岸線(七里御浜:渚100選)の眺望は、上記画像Gの通り。『熊野古道随一』と称された素晴らしい景色は、古代から殆ど変わっていないそうで、ある意味で…大門坂で味わえる様な感慨に浸れます。個人的には、是非共立ち寄って頂きたいオススメの場所です!
〜あとがき〜 実は、鬼ヶ城迄行った後…熊野市の隣駅である大泊駅に行こうかと思いましたが、無人駅で列車が来ないのも哀しい(※特に冬はね…)ので、再び熊野市駅に戻ろうとしたのですが、例のトンネルを越えるためにバスに乗車しようと思ったら…なんと40分以上後。本当に来るか怪しかったので、生まれて初めて回送バスを捕まえて、乗車しました。久し振りにやりましたね。こんなコト…(;^^) そんな感じで、列車旅故の痛快な体験…色々とありましたけれども、一方で「紀伊半島に関してはソモソモ自ら運転しなければ来訪困難な観光名所が多過ぎるな…」というコトを実感したのも事実です。自然豊かな場所でもあるので、次回来訪する際は今回来訪できなかった所を1箇所でも多く廻るための目的として、車を利用した旅をしようと思っております。 |